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池田太作の品格のない●●●

 投稿者:戸ら戸ら戸ら  投稿日:2010年 4月17日(土)15時30分17秒
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  弁護人:あなたは51年、3月・4月の『月刊ペン』に池田大作さんの女性問題を書きましたね。どのような事前の調査を行ったのですか。

隈部 :はい、私は20年間に渡って、創価学会問題を調査しており、それに基づいて書きました。

弁護人:具体的にはどのような調査を行いましたか。

隈部 :その調査を、五期に分けることができます。第一期は昭和40年から。43年9月、西日本新聞の同僚から、ある日、「学会に関心があるなら、池田の女性問題を知っているか」と声をかけられました。少しは知っているが、私は教義批判が中心だから、あまり知らない」と答えると、その同僚が、「自分が頼めば内調(内閣調査室)の資料を見せてもらえる。短時間でも良いか」と言いました。

それで後日、内閣調査室の機密調査の資料を約1時間、かなりの分量の資料を斜め読みしました。そこには池田大作氏をめぐる多彩な女性関係が、学会員・非学会員を問わず、相当数載っておりました10、20、30、ぐらいあったと思います。45年の中ごろと記憶しておりますが、私はその内調(内閣調査室)レポートを手に入れたいと思いました。それで私は、かって経済企画庁に勤めていたことがあり、その上司のつてで内閣調査室の一員を紹介して貰いました。そこで門外不出の資料の写しをもらったんです。

弁護人:その記録というのがこれですね。(※同資料を裁判長に提出)

隈部 :41年、神奈川県・仙石原にある創価学会の作業所(※学会会館)で、池田氏が『人間革命』のゲラに手を入れる仕事をしていたところ、池田氏は疲れたので酒を持ってくるようにいいつけた。その時、奉仕員として来ていた若い主婦、28歳の学会員が、その用事をたのまれていった。その女性が(池田大作に)お酌をし、一合の酒が空(から)になるころ、突然、池田大作の右手が女性の背中に回った。それから20分、女性は電気を打たれたように何もすることができず手ごめ(強姦)にされてしまった。その後その女性は、呆然として小田原の家に帰り、ついに学会を脱会するに至ったということです。

弁護人:ほかにどのような調査を行ったのですか。

隈部 :創共十年協定が明らかにされた昭和50年7月、その直後に私は『月刊ペン』誌上でこの問題を特集しました。その中の一人、東京・池袋で『B』という飲食業を経営している川崎富子さんという女性を知りました。この人は40年過ぎに創価学会を脱会したのですが、渡辺通子(※元参議院議員)、多田時子、山田郁子(※山田徹一参議院議員夫人)など(学会の)幹部クラスと同期生です。当時川崎さんは四国で四国で総支部婦人部長の役職を持っていた人で、その人が私にこう話してくれました。

34、5年ごろ、池田大作氏が選挙対策のため四国文化会館、当時は四国本部と言っていたそうです。そこで池田氏はいつも11頃就寝する。場所は本部二階奥の部屋ですが、自分(※川崎)は、池田氏が就寝してから、翌日午前一時か二時頃まで部屋の前の廊下で待機することがあった、というのです。サービス、その他ご用命を待つ役だったのです。ところがある日、寝室の襖があいているので、ふと中を見ましたら、池田さんがふとんの中で仰向けに寝ていて、脇に山田郁子さんがおり、ふとんの中に手を入れてなにかしておりました。裁判長、この後の話でありますが、証言は必要でしょうか。

裁判長:それ以上は必要ないでしょう。(苦笑)

隈部 :大阪に住む元学会員の人から、富山県に住む佐藤由太郎さんという人を紹介されました。この人が池田さんの女性問題を知っているということからです。その佐藤さんに聞いた話ですが、時期は46年から48年ぐらいの出来事で富山県高岡市の学会員姉妹のことです。

はじめに姉の方が池田さん宅のお手伝いに入った。その後、この姉が(池田大作に)犯されて妊娠して帰り、分娩したということです。ところが、父親のほうは学会の狂信者でありましたから、今度は妹の方をまた、池田さん宅にお手伝いにやった。しかもこの妹も、また妊娠して帰ってきた。これが高岡の学会員の知るところとなり大騒ぎになったんです。

その後そのための後始末ということで本部から理事の三品という人が高岡にかけつけ、その時、自分(※佐藤)もその下で動いていた、というのです。佐藤さんから、埼玉県川口市の領家という所に、池袋の極東組に所属していたヤクザの人がいる。その人も、いろいろ知っているから聞いて見ろ、と言われたました。その荒井さんという人に、50年の11月ころにお会いし話を聞きました。その時荒井さんから「熱海にある美容院のママを知っているか」と聞かれました。

裁判長:ビョウイン?

隈部 :はい。熱海にある美容院のママのところに、池田さんのお手つきで、高橋節子さんという人が、結婚することに、髪のセットにやってきた。その時、高橋(節子)から直接聞いた話として、池田先生から着物など沢山の物を貰った。自分の家族も熱海かどこかの学会研修所の管理人として優遇を受けていると語っていたそうです。

※高橋節子さんという氏名は、同法廷ですでに原島崇・元創価学会教学部長、山崎正友・元創価学会顧問弁護士の証言に登場している。両人の証言を要約するとこうだ。

※高橋さんという女性は口が軽くて池田さんに〃お世話になっている〃ことを近所の学会員に吹聴して歩いた。そのために二人関係(池田大作と高橋節子の肉体関係)が広まり、創価学会の当時『裏会長』といわれた中西治雄氏が、高橋さん夫婦を一時期栃木県宇都宮市に引っ越しさせた、というもの。これらの証言に対し、上田雅一副会長が出廷した折りにこう証言している。

検察 :熱海研修所の事務員をしていた大島節子(※旧姓高橋)を知っていますか。
上田 :はい。知っております。

検察 :この人は一時、宇都宮に引っ越し、53年には熱海に戻っていますね。
上田 :夫が聖教新聞社の宇都宮支局に、転勤になったためです。

また、隈部氏の証言で興味深かったのは次の下りである。同裁判で、56年暮れ、埼玉県大宮市在住の元創価学会婦人部幹部・小沢よねさんが、「松島さん(※渡辺通子の旧姓)宅で池田大作氏が素っ裸で立っており、その真ん前に、タオルを持った通子さんがいた」と証言した。

隈部氏はこの小沢さんとはすでに数年前に会って取材していたことを明らかにし、さらに大筋こう証言する。「池田大作氏は、この法廷で、小沢さんとは一度も会ったことがないと証言しましたが事実ではありません。 大宮市のある家で、甲賀さん(※元学会幹部)と池田さんが大論争をし、その時、池田(大作)さんが怒ってテーブルをひっくり返したことがあったそうです。その場にいて、論争の一部始終を見て聴いていたのが小沢よねさんでした。
 
 
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