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創価学会とは何か?

 投稿者:管理人  投稿日:2014年10月25日(土)15時36分58秒
返信・引用
  【創 立】昭和5年11月18日
【創始者】牧口常三郎
【代表者】池田大作(名誉会長)
     原田 稔(創価学会会長)
【崇拝の対象】日蓮大聖人が図顕された曼荼羅本尊
【教 典】日蓮大聖人御書全集
教団の沿革
■創価学会の発足

初代会長の牧口常三郎は、昭和3年、常在寺(東京池袋)の法華講員であった三谷素啓に折伏(しゃくぶく)教化され、日蓮正宗に入信しました。そして後に2代会長となる戸田城聖も、牧口に続いて入信しています。
当時、小学校の校長をしていた牧口は「価値創造」を基とする独自の教育方法を考案し、これを「創価教育学」と名づけました。これに共鳴する教育者が次第に増え、牧口と戸田はそれらを折伏して日蓮正宗に入信させ、「創価教育学会」を発会しました。
しかし昭和16年、太平洋戦争の勃発(ぼっぱつ)にともない、軍部は国家神道を基とする国体思想の徹底を図りました。そうした中で、牧口・戸田や幹部らは治安維持法違反と不敬罪容疑で逮捕されました。
牧口はこの獄中において死亡しましたが、戸田城聖は昭和20年7月3日に出獄し、学会の再建に尽力しました。そして昭和21年1月、その名称を「創価学会」と改めたのです。

■法人設立

終戦直後の混乱に乗じた折伏によって入信者は増え、昭和22年に池田大作が入信。昭和26年には戸田が第2代会長になり、活発な布教活動を全国に展開しました。
昭和26年、戸田は「総本山外護(げご)」と「布教をしやすくするため」という理由で、創価学会が独自の宗教法人を取得することを日蓮正宗に願い出ました。
これに対して日蓮正宗宗門は、
(1)折伏した人は信徒として末寺に所属させること。
(2)当山(日蓮正宗総本山)の教義を守ること。
(3)三宝(さんぼう=仏法僧)を守ること。
の三原則を法人設立の条件として提示し、学会は、この三原則と宗門外護の遵守(じゅんしゅ)を確約し、昭和27年、信徒団体という特殊な形態の、例外的措置によって宗教法人の認証を受け、設立されました(下の画像はそれを報じた当時の聖教新聞紙面)。
聖教新聞紙面
■池田大作の台頭

昭和33年に戸田城聖が死去し、昭和35年5月3日、池田大作が創価学会の第3代会長に就任しました。その就任式の席上、池田は、
「わが創価学会は、日蓮正宗の信者の団体であります。したがって、私どもは大御本尊様にお仕え申し上げ、御法主上人猊下(ごほっすしょうにんげいか)にご奉公申し上げることが、学会の根本精神だと信じます」
と述べて、本門戒壇(ほんもんかいだん)の大御本尊と御法主上人猊下に随順していくことが創価学会の精神であることを公表しました。

■政界進出と正本堂(しょうほんどう)建立

昭和37年11月、創価学会は「公明党」を結成し、昭和40年7月の参議院選挙では20議席の勢力を有しました。
こうした中、創価学会の「言論出版問題(創価学会を批判する出版物発売を妨害した事件)」が表面化し、昭和45年に民社党は、これに関連して、池田大作の国会喚問(かんもん)を要求し、また共産党にも政教一致を追求されました。
これによって池田は、同年5月に行われた本部幹部会の席上、「言論・出版問題に関する謝罪」と「創価学会と公明党の政教分離」を表明しました。
また池田は、いまだ広宣流布が達成されていないにも関わらず、「自分が広宣流布を達成した証(あか)し」として、正本堂を「日蓮大聖人ご遺命(ゆいめい)の戒壇」とするよう宗門に迫りました。
しかし第六十六世・日達上人はそれを拒否され、訓諭(くんゆ)をもって正本堂について「大聖人御遺命の戒壇に準ずるもの」「現時における事(じ)の戒壇」と意義づけられ、昭和47年10月に正本堂が建立されました。

■52年路線

この正本堂建立は、これに反発する「妙信講(後の顕正会)」問題や、創価学会の非法を執拗に攻撃する自称「正信会」の派生など、さまざまな問題が惹起(じゃっき)する要因となりましたが。
そしてこの正本堂建立を機に、池田の慢心は増長し、宗門支配を画策し、宗門に対してさまざまな圧力を加えはじめました。池田創価学会は、宗門を実質的に支配して乗っ取るか、それができなければ分離独立するという陰謀を企てるに至ったのです。
昭和52年には、学会に批判的な僧侶に対する多くの「つるし上げ事件」をはじめとした僧侶攻撃・宗門批判を行うとともに、日蓮正宗の教義から逸脱(いつだつ)し、ついには御本尊模刻(第3項参照)という大謗法(だいほうぼう)を犯すに至りました。これが、いわゆる創価学会の「52年路線」です。
この時の教義逸脱の主なものは、
(1)創価仏法の原点は、戸田会長の「獄中の悟達(ごだつ)」にある
(2)唯授一人(ゆいじゅいちにん)の血脈(けちみゃく)の否定・途中の人師論師は無用・大聖人直結
(3)『人間革命』は、現代の御書
(4)池田会長に帰命(きみょう)・池田会長は主師親(しゅししん)三徳、大導師(だいどうし)、久遠(くおん)の師である
(5)寺院は単なる儀式の場、学会の会館は広布(こうふ)の道場
(6)謗法容認(祭りへの参加等)
(7)供養は在家でも受けられる
などでした。

■52年路線の収束

これらの謗法行為に対し、宗内僧侶を中心として学会批判の声が全国的に広がり、脱会者が続出。こうした状況に対し、池田は創価学会の崩壊につながることを危惧(きぐ)し、第六十六世・日達上人に謝罪し、事態の収束を願い出ました。
そして昭和53年、創価学会は「教義上の基本問題について」と題した、教義逸脱に関する訂正文を聖教新聞に掲載しました。しかしこれは、訂正内容が曖昧で、さらに会長である池田の責任を明らかにするものではありませんでした。
そしてこの頃、創価学会による本尊模刻も発覚し(第3項参照)、同年9月、学会は急きょ、勝手に造った7体の模刻本尊を総本山に納めました。
窮地に追い込まれた学会は、同年11月、代表幹部2,000名による「創価学会創立48周年代表幹部会」(通称・お詫び登山)を開催し、そこに列席した宗内僧侶の面前で、公式に謝罪の意を表明しました。
しかしその後も、教義逸脱はまるで改められず、池田自身への責任追及の声が一層激しくなり、ついに池田は昭和54年、創価学会会長を辞任して名誉会長となり、法華講総講頭も辞任しました。これを受けて、第六十六世・日達上人は、学会が日蓮正宗の信徒団体としての基本を忠実に守ることを条件とされた上で、学会問題の収束を宣言されました。
その後、同年7月に日達上人が御遷化(ごせんげ)にともない、総本山第六十七世として日顕上人猊下が御登座(ごとうざ)され、日達上人の方針を引き継いで学会の善導に心を砕かれました。

■平成の分離独立路線

平成2年11月16日、池田大作は全国の学会員に対して、衛星放送を通じて、御法主上人への誹謗(ひぼう)と宗門蔑視(べっし)のスピーチを行いました。それは、昭和53年の「お詫び登山」における反省・懺悔(さんげ)の言辞をすべて反古(ほご)にするものでした。
同年12月、宗門は学会との連絡会議の席上、「お尋(たず)ね」文書をもって、この池田スピーチの真意を確かめようとしましたが、学会は文書の受け取りすら拒否。そのため宗門は同文書を学会本部に送付しましたが、これに対し学会は誠意ある回答を示すどころか、敵意をあらわにした「お伺(うかが)い」という詰問(きつもん)書を送りつけるという不誠実ぶりでした。

■再びの教義逸脱、そして破門へ

創価学会は、平成3年初頭から、全組織を挙げて御法主上人・宗門御僧侶への誹謗・中傷・嫌がらせを開始し、日蓮正宗の信仰の命脈である「下種三宝(げしゅさんぼう)」「血脈(けちみゃく)相伝」を否定し、さらに僧侶不要の「友人葬」の執行など、日蓮正宗の教義・信仰から大きく逸脱する謗法を犯すに至りました。
これに対し宗門は、日蓮正宗本来の信仰姿勢に立ち返るように訓戒を重ねましたが、創価学会はまったく聞き入れず、さらに誹謗を繰り返しました。
平成3年10月、宗門は「通告文」を送って強く反省を促しましたが、これに反発した学会はさらに誹謗・中傷をエスカレートさせていきました。そこで宗門は、同年11月7日、日蓮正宗の外護(げご)団体としての姿を失った創価学会に対し「解散勧告」を行いました。
それにさらなる反発をする学会……事ここに至り、宗門は、「もはや学会は本宗の信徒団体として認められない」と判断し、創価学会(およびSGI)を破門に処しました。
しかしこの破門は、あくまでも組織体に対する処分であり、学会員個々人については日蓮正宗信徒として破門するものではなく、信徒としての資格を残すというものでした。

■池田大作の信徒除名と「ニセ本尊」配布

宗門は、創価学会の実質的責任者である池田大作に対し、弁疏(べんそ=弁明・釈明)の機会を与えましたが、池田はこれに対して無視を決め込み、そうした正式な手続きを経て、平成4年8月、宗門は池田を信徒除名(信徒としての破門)処分に付しました。
その翌年、創価学会は、浄圓寺(じょうえんじ=平成4年に日蓮正宗より離脱)所蔵の「日寛上人御書写の御本尊」を、改竄(かいざん)・コピーして会員に授与する旨を発表し、ついに創価学会は「ニセ本尊」を販売するという、驚愕の大謗法を犯すに至りました(改竄の詳細等、ニセ本尊のニセたる所以は、第4項を参照ください)。

■創価学会員の信徒資格喪失

宗門は、創価学会への組織破門から7年後の平成9年9月30日、「宗規」の一部改正を行い、「本宗の檀信徒が本宗以外の宗教団体に所属したときは、その資格を喪失し除籍される」こととしました。
そして2ヶ月の猶予(ゆうよ)をおいた同年12月1日を期限とし、創価学会にそのまま籍を置くものは信徒資格を喪失する旨、学会員に通告しました。しかし学会は、会員がこれに応じることのないように会員を指導し、ついに多くの会員が日蓮正宗信徒としての資格を喪失し、除籍となりました。
現在、学会員は、深く反省・懺悔(さんげ)の上で、末寺御住職の許しを得て勧誡式(かんかいしき)を受けることにより、日蓮正宗への復籍が許されています。

■「規則」「会則」の改変

創価学会は、平成14年に文部科学省の認証を得て「規則」を改変し、それによって「会則」を変更しました。
その内容は、本尊や教義の裁定はすべて会長が行い、実質的には池田大作を「永遠の指導者」に定めるというものであり、本来、日蓮正宗の信徒団体として認可されながら、日蓮正宗と完全に分離した集団に改変するものでした。

以上の経緯により、創価学会は、日蓮正宗とは無縁の「新興宗教団体」と成り下がりました。
第二項以降において、創価学会の「教義」と「邪宗教である理由」を詳細に記します。
学会の悪宣伝に惑わされることなく、どうか冷静な眼で学会の信仰を見つめ直し、正邪の分別をつけてください。
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創価学会

 投稿者:管理人  投稿日:2014年10月25日(土)15時35分6秒
返信・引用
  http://www13.ocn.ne.jp/~ryouran/html/souka_4.html  

大御本尊問題の経過について

 投稿者:管理人  投稿日:2014年10月 2日(木)18時41分0秒
返信・引用
  創価学会教学部機密文書「教学部レポート」全文公開   投稿者:創価太郎   投稿日:2014年 9月30日(火)12時19分56秒      通報 返信・引用


   大御本尊問題の経過について

【1】 いわゆる「本門戒壇の大御本尊」と、総本部に安置される「創価学会常住御本尊」について、最高幹部の一部が、教義的な意義の変更を強硬に推し進めています。
 御本尊は、根本尊敬の対象であるがゆえに、御本尊に関する教義は信仰の根本をなしています。
 現在、一部幹部が進めているような形で教義変更が拙速かつ拙劣に進められれば、日本でも海外でも会員の信仰が動揺し、組織に混乱が広がることは確実です。
 また、宗門からの攻撃にも十分な応戦ができず、学会が教義論争において敗北することは必死と考えられます。学会の存亡に関わる極めて危機的な状況にあります。

【2】 「学会常住御本尊」の意義付けについては、総本部の慶讃委員会のもと、専門の小委員会が、この9月に入って急遽、発足しました。出席者は谷川事務総長、金沢組織総局長、秋谷議長、八尋弁護士、森田康夫氏。そこに教学部から遠藤総合教学部長、森中教学部長と宮地が加わりました。御本尊という最重要の課題にもかかわらず、総本部完成前の2ヶ月前とスタートが余りにも遅く、発足当初より、準備不足の感が否めませんでした。それでも初めのうちは、議論を深めていくような雰囲気がありました。教学部側でも、忌憚なく意見を述べさせていただきました。しかし、回を重ねるうちに、この小委員会の開催趣旨が、既に内々で決定した方針を教学部に承認させ、その方針に即した説明文を作成させるところにあることが露になってきました。

【3】 教学部では、「戒壇の大御本尊」「創価学会常住御本尊」の意義づけについては、以前から研究を進めていました。
 この7月9日には、原田会長あてに「創価学会常住御本尊と広宣流布の使命」というレポートを提出しています。その骨子は以下の通りです。

① 御本尊の本質は「一念三千自受用身」すなわち「南無妙法蓮華経即日蓮大聖人」という人法一箇の法体の顕示にある。
② 「戒壇の大御本尊」も、法主によって書写された御本尊(以下、書写本尊)も、同一の法体が顕示されており、そうした本質次元では共通している。
③ 御本尊が御本尊として成立するためには、上記の様に人法一箇の法体が正しく顕示されていることを第一の要件としつつ、「信心の本尊」であるがゆえに、どこまでも正しい信心で拝するという第二の要件が不可欠である。
④ 「戒壇の大御本尊」における戒壇・本尊の意義も正しい信心が介在しなければ成立しない。また「一閻浮提総与」という意義も、広宣流布があって初めて成就するものである。
⑤ 「創価学会常住御本尊」は、戸田先生が「大折伏大願成就の大御本尊」として当時の日昇法主に申請されたものであり、戸田先生は、この御本尊を拝して75万世帯の願業を成就された。また池田先生もまた、この御本尊を拝して世界広宣流布を進めてこられた。その意味で、創価三代の師弟の誓願の結晶ともいうべき御本尊であり、当時の和合僧団の化義に則り、法主の書写という形を取ったが、日蓮大聖人からの直受と拝するべきである。「戒壇の大御本尊」が本体、他の御本尊は分身であるという論理から、あくまで「南無妙法蓮華経即日蓮大聖人」という人法一箇の法体の顕示が本質であるという、日寛上人が本来意図していた本尊義に引き戻すとこに、このレポートの主たる目的がありました。

【4】 しかし、教学部としては、こうした教義の理解を徹底するには、主に以下の理由から、時間をかけて慎重に進めなければならないと考えていました。

① 学会は、教義的に宗門の伝統を受け継ぎ、いわゆる「大御本尊」を「本門戒壇の大御本尊」「出世の本懐」「一閻浮題総与」といった最重要の御本尊として位置づけしてきた。会員にも、何十年にも渡って、そうした方向で教育を徹底してきた経緯が
ある。
② 学会の採用している御本尊も、すべて法主による「大御本尊」の書写である。「創価学会常住御本尊」、関西の「大法興隆所願成就」は第64世日昇書写。本部の「賞本門寺戒壇正本堂建立」の御本尊は第66世日達書写。全世界のほとんどの会員は、第26世日寛上人書写の御形木本尊を受持している。信仰の実態において学会は「大御本尊」あるいは法主書写の御本尊以外は、大聖人の他の真筆本尊をふくめ、大石寺門流以外に伝わるいかなる本尊も本尊として容認してきていない。
③ 宗門を批判する際、日顕の大御本尊否定発言や、大御本尊が「正本尊」として安置されている「正本堂」の破壊を論点としてきた。とにかく、学会員が確信をもって日々の信仰実践に励めること、すなわち学会員の安心と幸福が最優先されるべきであり、総本部も御本尊も教学も、全てそのために存在するというのが教学部の真情でした。

【5】 ところが、こうした教学部側の思いは、全く受け入れられませんでした。小委員会の結論は、次のような方向で確定していたのです。

①「戒壇の大御本尊」は、もはや謗法の宗門の本尊であり、功力もなく、学会とは何の関わりもない。その意味を否定しておかねばならない。
② 総本部こそ世界広布の根本・中心であり、そこに安置される「創価学会常住御本尊」こそが「戒壇の大御本尊」に変わる新たな「大御本尊」である。
③こうした内容を、先生のご存命のうちに、先生のご意思として発表する。
 まさに、総本部完成の今こそ断行すべき時である。教学部のリポート「創価学会常住御本尊と広宣流布の使命」が今言える限界のラインで訴えても、それは不徹底であり、全く駄目だと一蹴されました。

【6】 しかし、無理筋の結論を導こうとしても、無理なものは無理なので、小委員会の結論は紛糾を極めました。教学部以外の5人は、論理として完全に破綻していました。
 率直に申せば、素人談義の域を出ず、これが学会の最高首脳の教義理解かと別の意味で衝撃を受けました。
 例えば、秋谷議長は「弘安二年の御本尊については、南無妙法蓮華経の法体を文字曼荼羅に図顕された御本尊であるが、唯一絶対の御本尊と大聖人が定められた証拠はない。
 日寛上人より『究竟中の究竟』等宗派の確立のために確立されたとも推察される」「弘安二年の御本尊も何の徳用も働かない。・‥他宗の身延派や、中山系、京都系が保持している真筆の御本尊と同じ事になる」と主張していました。
 そう主張したい気持ちは理解できますが、それでは、相伝書、相承書、日興跡条々事などを盾に宗門から攻撃されたら、どう答えるのか、また逆に、「弘安二年の御本尊」を全く認めてこなかった身延派から攻撃されたら、どう答えるのか。
「大御本尊」に関する戸田先生や池田先生の発言、また教学的な主張との整合性は、どう付けるのか。不用意に教義を変更すれば、学会は四方八方から矛盾を突かれて、大混乱に陥りかねません。宗門は、「大御本尊」について何百年にもわたる論争の蓄積があります。
 特に近年は、正信会との激しい論争を経験しているので、この論題について、学会が戦うのであれば、それ相応の準備が不可欠であることを訴えましたが。そうした経緯についても、ほとんど認識を持っていない様子でした。

【7】 また聖人御難事の「余は二十七年なり」という大聖人の「出世の本懐」の表明についても、谷川総長は
「『出世の本懐』の意味だって変えればいいんだ。独立した教団なんだから、変えてもいいんだし、変えられるんだ。南無妙法蓮華経の御本尊を顕したことにすればいいんじゃないか」
 と述べていました。もちろん御書の解釈はできるにしても、御本尊の「出世の本懐」について生半可な教義理解で軽々しく決められることではありません。
 さらに「末法下種の三宝」についても、現在は、公式には仏宝が日蓮大聖人、法宝が三大秘法の大御本尊、僧宝が日興上人になっているのを変更するのかという議論になった際、谷川総長は
「それも変えればいいんだ。何の問題ない」
 と述べていました。
 しかし、
「それでは、歴代法主が僧宝であるという宗門に対して、僧宝は日興上人であると反論した学会の論拠が崩れてしまう」
と申し上げると、
「それでもいいんだ。宗門とは別の教団なんだから」
 という返事でした。
「過去との整合性など、どうでもいい。自語相違と批判されてもかまわない。完全に独立した教団として出発するんだから。結論は決まっているんだ。教義なんて、それを後付けすればいいんだ」
 と、谷川総長は何度も繰り返していました。何でも自分たちで決められるという全能感がにじみ出ていて、何を言っても取り付く島がありません。支離滅裂な不毛な会議となりました。

【8】 囗では勇ましく「宗門と最終決着をつける」と言っていましたが、それを断行しようという覚悟や責任感や能力があるとは到底思えませんでした。また何より悲しかったのは、教学部以外の5人の方々の言葉に、会員の苦悩に対する慈悲が一かけらも感じられなかったことです。八尋弁護士や金沢総局長は「変更しても、ほとんどの会員は付いてこれるでしょう。大体は大丈夫でしょう」と言っていました。一人残らず幸福にする、絶対に退転させないというのが、池田先生の御心ではないでしょうか。八尋弁護士については、ある人に「多少の退転はやむを得ない。 9割は付いてこれる」という趣旨の発言をしていたとも聞き及んでおります。 1000万会員の1割と言えば100万人。100万人の同志を退転させ、地獄に堕とすというのでしょうか。

【9】 また小委員会では、秋谷議長は、師範会議に、婦人部の秋山さん・八矢さんが入っていることを、しきりに気にしていました。異議を申し立てそうなメンバーを変えるように指示を出していました。当初から皆の合議で決定するというつもりはな
かったのです。

【10】 御本尊の問題は、いつか完全に決着をつけねばなりませんが、それをやるには1ミリの狂いもないような論理構成を考えねばなりません。本部の方針が1ミリでも狂えば、現場では10メートル、100メートルの狂いとなって大混乱を引き起こしてしまいます。「教学部は黙って従え」と言わんばかり会議が何度も続き、進退窮まって、教学部として9月19日の夜、原田会長に直に指導を受けることにしました。夜9時半過ぎに遠藤・森中・宮地の3人で会長のところに伺いました。
 この数日前にも会長にご指導頂く機会があり、その折にも「教学部の皆さんの思いは、よく理解しました」とのことでしたので、率直に、紛糾する会議の実情をご報告しました。会長の話は、以下のように、全く予想に反するものでした。

① 小委員会の方針は、全て先生のご指導を受けて進めている事である。きょうも、その点について先生のご指導を受けてきた。
② 宗門問題で、大御本尊を巡る問題がまだ残っている。今こそ大御本尊とも決別する。大御本尊は、学会とは関係ない存在だ。
③ 学会常住御本尊が、新しい大御本尊という意義づけをするんだ。それを総本部完成の新たな体制の出発する今、やるしかないんだ。
④ 全て先生のご意志だ。教学部は戦う覚悟がない。腹を決めなさい。大変厳しい叱責であり、教学部としては、先生のご意志ということですので、「分かりました。やらせていただきます」とお答えしまた。

【11】 会長からのご指導を頂いた後、念のため、先生のご指導の細かなニュアンスを大山・第一庶務室長に確認しました。大山室長は、とても驚いた様子で、「先生は全くそのようなことを言われていない。学会が損をしたり、学会員が苦しんだりしないようにということで、先生は一貫されている。今までやってきたことが間違っているとならないようにというのが、教学に関する変わらぬご指導だ。慌てて事を進めるなどということは、一切言われていない。原田会長も先生の前では
『いろいろな意見がありますので、慎重の上に慎重に進めます』
 と言っていた。こんなやり方をしては、学会の信心も教学も崩れてしまうではないか」とのことでした。
 会長が先生にご説明したのは、
① 宗門は700年、護持の名に隠れ、広宣流布を進めてこなかった、
② だから、大御本尊を持っていても、功力は出ない、
③ 大御本尊が一切の電源で、書写本尊が端子というような関係ではない、
④ 学会常住の御本尊を根本に広宣流布を進めていくという範囲だったようです。「先生のご意向のもと、大御本尊との決別を今この時に宣言する」という、先生のご指導は、全くの作り話だったのです。その翌日、会長が先生にご指導を受けた際に同席されていた長谷川本部長にも確認しましたが、大山室長と全く同じ見解でした。

【12】 20日朝8時半から小委員会が行われ、そこでも議論が紛糾。教学部で、他5人を事実上、論破する結末となりました。
 しかし、谷川総長は、こちらで用意した大御本尊を巡る教義的説明が気に入らなかったようで、会長が発表する趣旨説明文から、そうした箇所は全て削除することになりました。
 20日午後3時から、執行部、SGIの首脳、教学部などが出席する会議が開かれ、出席者から、教義の根本を拙速に変えることについて、強い懸念が表明されて、実質的に、会長の方針が否決される形となりました。

【13】 にもかかわらず、既定の方針は、撤回されず、独断専行の状態が続いています。教学部は、その後は、一切、意見を求められないようになりました。小委員会も開かれていません。学会教学の最重要課題であるにもかかわらず、教学部を完全に排除するという異常事態が続いています。会員の疑問には、誰が答えるのでしょう。宗門との論争が起きたら、誰が戦うのでしょう。

【14】 9月25日には、SGI主要国の中心者を招集した会議が開かれましたが、そこでも原田会長は、既に否定された方針を繰り返しています。各国の理事長たちに感想を伺いましたが、多くは、余りに拙速な発表に困惑していました。論理性を重んじる欧米の首脳は、教義の根幹で論理的整合性が付かなくなることを心配し、各国に戻っても説明しようがないと苦悩されていました。大御本尊の問題は、日本の創価学会の下に各国SGIを位置づけるSGIの新たな機構・規定とセットで発表されました。この点については、日本の侵略を受けたアジアの国々の首脳が、強い違和感をあらわにしていました。このまま独断専行が続くと、池田先生が作られてきた学会の信心、SGIの組織が大混乱に陥ります。未来永遠に大きな禍根が残ります。大御本尊に関する見解の発表は、事実上、宗門に対する宣戦布告となります。大慶祝の時に、なぜ混乱と論争の火だねを蒔くのでしょう。勝つためには、それ相応の準備が不可欠ですが、なぜ何も準備しないまま、負け戦に突入していくのでしょう。
 池田先生が全世界の会員同志のために贈ってくださる総本部の完成を前に、このような事態が起こり、本当に先生に申し訳ない気持ちで一杯です。とともに「仏法に相違して己義を構えば之を用う可がらざる事」という覚悟を決めております。
 

公明党(創価学会)大会

 投稿者:管理人  投稿日:2014年 9月22日(月)19時39分39秒
返信・引用
  公明党大会、山口代表の4選を正式承認

2014年09月21日 19時12分

公明党は21日、東京都内で党大会を開き、山口代表4選を正式に承認した。  任期は2016年9月までの2年間。山口氏はあいさつで、来春の統一地方選、次期衆院選、参院選を挙げ、「三つの政治決戦に連続勝利してこそ、党の揺るぎない基盤を築くことができる」と強調し、自ら先頭に立って戦う決意を示した。

 党大会では井上幹事長、石井政調会長、北側一雄副代表の再任を了承し、古屋範子衆院議員を新たに副代表に起用した。党規約を改正し、常設の議決機関と位置づけた中央幹事会の会長に漆原良夫国会対策委員長を充て、後任の国対委員長には大口善徳国対委員長代理が昇格した。

 今年11月に結党50年を迎えることを踏まえ、今後2年間の活動方針には「中道政党として、公明党らしさをさらに発揮し、次の50年を目指す」と明記した。

 山口氏は党大会後の記者会見で、衆院解散・総選挙の時期に関し、「いっぺんに多数の民意を取り込むダブル(選挙)は憲法の精神からふさわしくない」と述べ、再来年夏の参院選との同日選挙は避けるべきだとの認識を示した。

2014年09月21日 19時12分 Copyright © The Yomiuri Shimbun
 

Re: 追い詰められた末の代表続投 軽減税率で苦悩続く

 投稿者:管理人  投稿日:2014年 8月12日(火)17時53分51秒
返信・引用
  > No.4353[元記事へ]

> > 2014.8.12 13:12 (1/3ページ)[公明党]
> >
> >  結党50年の節目と重なる9月21日の公明党大会で、代表の山口那津男が無投票4選されることは既定路線だ。そこに向かって山口は自らの「実績」や「役割」をアピールするのに懸命となっている。
> >
> >  「今回決めた閣議決定は、これから法律を作る基になる考え方です。この基を、しっかり国会の議論でさらに掘り下げて明確にしていきます」
> >
> >  今月1日に発売された創価学会関連の月刊誌「第三文明」9月号の評論家との対談で、集団的自衛権の行使容認をめぐる閣議決定についてこう語った。政府・自民党との攻防の第2ラウンドは安全保障関連法の改正作業-。そう言っているに等しい。
> >
> >
> > 煮え切らない態度
> >
> >
> >  首相、安倍晋三が政府の有識者会議「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会(安保法制懇)」の報告書を受け取り、記者会見に臨んだのは、与党協議が始まる前の5月15日のことだった。安倍は「限定容認論」を訴え、武力行使を目的とした多国籍軍などの集団安全保障への参加も「決してない」と封印した。
> >
> >  安倍の「譲歩」を受け、公明党のある引退議員は「首相が譲歩したんだから条件を整え、容認の方向で交渉したらどうか」と山口に進言した。しかし山口は「そんな気はない」と突っぱねた。
> >
>
> 2014.8.12 13:12 (2/3ページ)[公明党]
>
>  与党協議を重ねても、山口は「党員・支持者に理解されるだろうか…」と、煮え切らない態度を取り続けた。さすがに、与党協議の実務者は決断を迫った。
>
>  「そんなこと言っている場合じゃない。首相が『急いでくれ』と言っているんです」
>
>  背中を押される形で山口は6月13日の党参院議員総会でかじを切った。
>
>  「合意を目指す姿勢で臨んでいく」
>
>  そんな姿を「潔くない」と批判する声も漏れたが、それは安倍に近い公明党議員が中心だった。山口の責任を問う声は党内や支持母体の創価学会には皆無だ。
>
>  「ポスト山口」が不在という事情もあるが、山口の歯切れの良い発言などから「山口人気」は健在。多忙でも手紙が届くと返事を書くなど、山口流の心遣いが人気の源泉といえる。
>
>  だが、「風雪に耐えた連立政権」(安倍)に横たわる課題は山積している。
>
>  とりわけ公明党が神経をとがらせているのは、生活必需品の消費税率を低く抑える軽減税率制度の導入時期だ。党執行部は消費税増税関連法に賛成する条件として、軽減税率導入を約束し、支持者らを説得した経緯がある。
>

2014.8.12 13:12 (3/3ページ)[公明党]

 このため、来年10月に予定される消費税率10%への引き上げ時と「同時導入」の旗を降ろしていない。ただ、山口は7月22日、同時導入が「望ましい」としながらも、「最終的に首相の判断。首相が判断できるよう材料を与党として整えるのが重要だ」とトーンダウンさせた。

 党内には「集団的自衛権行使は限定的とはいえ容認したのだから軽減税率ではこちらの要求をのんでもらう」といった強硬論もあるが、山口は集団的自衛権と軽減税率を取引材料にする可能性を否定してきただけに、「江戸の敵を長崎で討つ」ような印象を持たれることは避けたいようだ。


統一選へ焦り募る


 与党税制協議会が行った関係団体を対象とした軽減税率に関する意見聴取では、流通業界を中心に「納税事務負担が増大する」などと異論が続出した。「導入に慎重な自民党側がわが党への説得材料にしたい思惑が透ける」(公明党税制調査会幹部)と早くも押され気味だ。与党税制大綱をめぐる自民、公明両党の攻防は、年末にヤマ場を迎える。公明党税調幹部は来春の統一地方選をにらみ、焦りを募らせる。

 「集団的自衛権で苦渋の決断を迫られ、軽減税率も『なしのつぶて』では困る」(敬称略)





 「かすむ航路」は岡田浩明、村上智博、力武崇樹が担当しました。
 

Re: 逆風下での公明公認候補の「地方選完勝」続く 異例のテコ入れ奏功も…沖縄県知事選は「?」 

 投稿者:管理人  投稿日:2014年 8月12日(火)07時49分10秒
返信・引用
  > No.4350[元記事へ]

> >  2014.8.9 18:00 (1/3ページ)[公明党]
> >
> >
> >  地方選「秋の陣」に臨む公明党の動きから目が離せない。
> >
> >  集団的自衛権の行使容認をめぐる自民、公明両党の与党協議で、党是「平和」の死守にこだわりながらも、苦渋の決断を迫られた公明党。与党協議の結論を踏まえ、政府は7月1日に行使を容認する憲法解釈見直しを閣議決定した。これに対し、党員や支持者の間では当初、不安や不満が相次ぎ、逆風下での党公認候補の地方選に、どう影響するかが注目されていたからだ。
> >
> >  公明党の選挙戦術は熱心な支持者が知人や友人に投票を促し、得票を拡大する組織戦だが、「閣議決定で支持者の動きが鈍るかもしれない。大丈夫か…」との懸念が党内に漏れていた。 ところが、フタをあけてみれば7月の地方議会選挙は完勝だった。閣議決定から約2週間後の7月13日投開票の北海道・紋別市議選、福井・越前市議選など4市町議選で各1人ずつ擁立、全員当選を果たした。
> >
> >  続く7月27日投開票の茨城・常陸太田市議選など4市議選では計7人の全員当選を果たした。このうち長浜市議選は直前の滋賀県知事選で集団的自衛権の行使容認も影響し、与党推薦候補が敗れた「滋賀ショック」の余波が懸念されたが、現有2議席を死守した。
> >
> >  岩手・花巻市議選では議員定数が8議席削減されたにもかかわらず、公明党は改選1から2人を擁立し、選挙戦に挑んだ。かつて2人擁立した結果、共倒れの苦い教訓もあり、今回も「無謀」との声もあった。だが、約40年ぶりに2議席を獲得し、過去最多得票を更新するオマケまでついた。
> >
>
> 2014.8.9 18:00 (2/3ページ)
>
>
>  公明党の「地方議会選選完勝」は、異例ともいえる総動員態勢のテコ入れが大きい。党選対は集団的自衛権の閣議決定がもたらす地方選への影響を見越し、地域別に党所属国会議員の担当を割り振り、これまで以上に応援に入る回数を増やした。花巻市議選では井上義久幹事長が頻繁に花巻入りし、「相当、緊張感をもって臨んでいた」(党選対)という。
>
>  街頭などでは国会議員が集団的自衛権に関して説明するなど矢面に立つ。一方、地方選の候補は国政課題に触れず、地域活性化や福祉など生活に密着した課題解決に絞り込んで訴えるという役割分担も定着している。党選対幹部はこう分析する。「今回ばかりは厳しい選挙戦になるという現場の強い危機感が功を奏している」
>
>  8月も、愛知県本部代表の荒木清寛参院議員が応援に入り、2議席を死守した愛知・知立市議選(3日投開票)に続き、高知や大阪、京都などで7市町議選、9月には公明党が重視する沖縄の「ミニ統一地方選」が迫る。
>
>  党は沖縄県内の13市町村議選に計21人を擁立し、うち名護、沖縄、宜野湾の3市は米軍基地問題が争点になるだけに、重点選挙と位置づけている。国会議員をはじめ、各地の県議らも応援に駆けつける万全の態勢で挑む。
>
>  沖縄では次に米軍普天間飛行場(宜野湾市)の名護市辺野古への移設が争点になる沖縄県知事選(11月16日投開票)が待ち受ける。 辺野古移設を容認する現職の仲井真弘多知事が立候補を正式表明した一方で、出馬の意向を明らかにしている翁長雄志那覇市長は移設反対を訴えている。
>
2014.8.9 18:00 (3/3ページ)


 連立を組む自民党は仲井真氏支援の方向だが、党那覇市議団の一部が翁長氏を支援する保守分裂の構図。一方、公明党本部は与党として移設容認だが、地元の県本部は県内移設になお反発し、中央と地方の「ねじれ」は解消されていない。

 公明党の山口那津男代表は7日の記者会見で県知事選の対応について「党県本部の意見を聞き、自民党本部や官邸の意向も忖度しながら対応を考えたい」と言葉を濁した。党選対幹部らは「知事選対応はミニ統一地方選が終わってから」と口をそろえる。

 まずは“身内”の議席確保に全力投球というわけだが、今年1月に辺野古移設の是非が争点になった名護市長選の対応と同様、ギリギリまで決まらず、最終的には「自主投票」との見方が強い。

 

Re: 創価学会、集団指導体制の限界 集団的自衛権でくすぶる不満と戸惑い

 投稿者:管理人  投稿日:2014年 8月 8日(金)05時23分55秒
返信・引用
  > No.4347[元記事へ]

> > 2014.8.7 21:45 (1/3ページ)[公明党]=創価学会
> >
> >
> >  「君たち創価の青年が世界の友とスクラムを組み、人類の宿命を転換する平和と共生の100年へ、新たな大潮流を起こしていってくれたまえ」
> >
> >  7月20、21両日に両国国技館(東京都墨田区)で行われた「総東京創価青年大会」。延べ4万人が集まる中、創価学会名誉会長、池田大作のメッセージが読み上げられた。スクリーンには池田と青年との一体感をみせようと会場の熱気あふれた様子が映し出され、会場には赤、黄、青の「三色旗」がなびいた。
> >
> >  学会の「三色旗」は、赤が勝利、黄が栄光、青が平和をそれぞれ表す。
> >
> >  しかし、「平和」への思いは、集団的自衛権の行使を限定的とはいえ容認した公明党への不満や戸惑いとして噴出している。
> >
> >  集団的自衛権の行使を可能にする憲法解釈変更の閣議決定が行われたのは7月1日。その後、党側は党員や支持者への説明と理解に苦労している。
> >
> >  「理屈は分かった。しかし、今回認めたのは集団的自衛権なのか、個別的自衛権なのか。どういう言い方をすればいいのか」
> >
> >  7月13日、都内で開かれた創価学会の会員向け説明会「政治学習会」。約150人を前に、一通り説明し終えた公明党関係者に学会幹部から突然、「疑問」の声が上がった。党関係者は、言葉に詰まった。
> >
> >  学会幹部の「疑問」は、来春の統一地方選を見据え、選挙の実動部隊となる一般の学会員が漠然と抱く不安を代弁していた。「自民党支持者から『集団的自衛権を認めたんでしょ』と言われても、理屈が難解で反論しづらい」。その答えを探そうにも、明確な回答は見当たらない。
> >
> 2014.8.7 21:45 (2/3ページ)
>
>
>
> 「手のひら返した」
>
>
>  今回の閣議決定で用いたロジックがそもそも難解といえる。
>
>  自民、公明両党による与党協議が本格化する5月以前、集団的自衛権の行使を認めるべきだとする自民党に対し、公明党は行使容認に慎重論を唱え、個別的自衛権、警察権の適用範囲拡大で対応できると主張、憲法9条との整合性に徹底的にこだわった。自公間の調整の結果、閣議決定には武力行使についてこう明記された。
>
>  「国際法上の根拠と憲法解釈は区別して理解する必要がある」
>
>  「『武力の行使』は、国際法上は、集団的自衛権が根拠となる場合がある」  「憲法上はわが国を防衛するためのやむを得ない自衛の措置として初めて許容される」
>
>  公明党に配慮して国際法と憲法の両方を使い分けたのだが、皮肉にも党員や支持者の混乱を招いた。党代表、山口那津男は7月21日、熊本市内の講演で支持者を前に「国際法からみれば、集団的自衛権の一部だという人もいるが、大事なのは日本の憲法でどうするかだ」と釈明した。
>
>  山口はこれまで「憲法改正が筋だ」と繰り返してきた。学会側も広報室が与党協議開始直前の5月17日、「本来、憲法改正手続きを経るべきだ」とする見解を公表した。政教分離の観点から与党協議を縛らないよう「本来」と前置きしつつも、公明党に対し「安易な妥協は許さない」とクギを刺したとされる。
>
>  にもかかわらず、憲法解釈変更の閣議決定に至ったことに学会側は「手のひらを返したようだ」(幹部)との憤りがくすぶる。
>
>
2014.8.7 21:45 (3/3ページ)



終始「見守る」姿勢


 もっとも、学会側も公明党を責めてばかりはいられない。国連平和維持活動(PKO)協力法、周辺事態法、イラク特別措置法…。学会はかつて公明党がいう党是「平和」を揺るがしかねない危機に直面すれば、婦人部を中心に反発の声が上がり、水面下で党側と調整していた。

 だが、今回の安保法制をめぐる与党攻防の過程で、学会側が党幹部と接触したのは数回程度で、激論を交わした形跡も見当たらない。学会幹部は「学会側が細かい部分まで口出しすることはなかった。基本的には見守るという姿勢だった」と振り返る。

 なぜそのような姿勢に終始したのか-。学会が、会長の原田稔、理事長の正木正明、事務総長の谷川佳樹らによる「集団指導体制」に移行し、しかも意見集約しづらくなっていることが大きい。

 閣議決定翌日の7月2日、学会広報室が出した「公明党が憲法9条の平和主義を堅持するために努力したことは理解している」とのコメントは、そんな実態を象徴している。公明党の言動を追認しているにすぎない。集団指導体制の限界-。そんな現実に学会は直面している。





 集団的自衛権の行使を可能とする憲法解釈変更の閣議決定から1カ月以上が経過した。いまだに揺れる公明党と支持母体、創価学会の今を追う。(敬称略)
 

創価アホ学会

 投稿者:管理人  投稿日:2014年 7月19日(土)09時18分33秒
返信・引用
  創価学会は なぜ血脈相承を否定するのか!?




かつては血脈相承を全面拝信の 池田大作・創価学会
      慢謗法で破門されるや、突如、三宝破壊の血脈否定



 創価学会は、最近、創価新報などにおいて、盛んに「御相承」に関する誹謗を行っている。それも「憂宗護法同盟」と称する離脱僧らが最近発刊した『法主詐称』なる中傷本を利用する形を取り、自らはあたかも客観的な立場でこれを紹介するかのように装うという卑劣な手法を取っている。
 彼らの言うところは、御先師日達上人が御当代日顕上人に血脈相承をなさらないままに御遷化されたため、御当代日顕上人猊下は血脈を相承されていないとの妄言である。
 御法主日顕上人猊下が御相承をお受けあそばされて既に二十年以上も経過した現在において、何を今さら世迷い言を始めたかと、相手にすることさえ馬鹿々々しいが、これまでの経緯をご存じない読者のために、彼らの言っていることがいかに下らない戯言であり、誹謗のための誹謗にすぎないかを以下に解説してみたい。


←池田


昭和54年8月6日、御法主日顕上人猊下の御座替式に続いて、御盃の儀が行われた。池田大作らもこの席に列し、御法主上人猊下への「御奉公の赤誠」を誓ったのではないのか



自称「正信会」を師とする!?  創価学会


 そもそも御法主日顕上人猊下に対して、血脈相承がないなどとの言いがかりを最初にしたのは、自称正信会の僧侶らであり、今からもう二十年以上も前のことである。その意味では、ずいぶん使い古された難癖のつけ方であり、二番煎じもいいところである。
 正信会の僧侶らは日顕上人猊下が御登座された時には、師弟のちぎりを結ぶことを誓い、日顕上人猊下を第六十七世の御法主と奉っていたが、日顕上人猊下の御指南や訓戒にしたがわなかったため譴責・停権等の処分を受けると、これを不服として、突如、日顕上人猊下の血脈相承に異を唱え、法主を詐称しているなどと言い始めた。この当時、宗門と正信会の者らとの間において、いくつかの訴訟が起こったが、当時宗門側の弁護士として訴訟を担当した創価学会の弁護士らは、裁判所において次のように主張していた。
「日達上人の逝去当日に開かれた緊急重役会議において、日顕上人が日達上人から血脈相承を受けた旨が公表され、その後、日蓮正宗の伝統・慣習に則り、法主就任の諸儀式が約九か月間に及んで粛然と執り行なわれ、翌五五年四月の『御代替奉告法要』をもって一連の諸儀式は終了した。右公表がなされた以降、日顕上人は法主・管長としての職務を執り行ない、宗内僧俗全員も日顕上人を法主と仰ぎ、約一年半の間、これに異議を唱える者は、(正信会の僧侶らを含め)一人としていなかった。この間の状況に照らせば、日蓮正宗において日顕上人が血脈相承を受けた法主とされているという事実の存在は明白である」
ところが「日顕上人が法主に就任し約一年半を経過した後、(正信会の僧侶らは)日顕上人の法主の地位を否定する言動を開始した」
しかし、その数はごく僅かで全僧俗の一パーセントにも満たず、「大部分の僧侶および七五〇万余所帯の信者は、従前どおり日顕上人に信伏随従し(ている)」
「(正信会の僧侶らが)法主の地位を否定するに至った言動は、……法主の方針に不満を持つ者が反抗の手段として敢えて法主の地位を否定するに至ったにすぎない」(以上、いずれも白蓮院事件上告理由書より)
 念のために繰り返すが、これは宗門の創価学会に対する反論の文章ではない。これは創価学会の弁護士らがついこの前まで裁判所において作成し主張していた書面の内容である。この創価学会の弁護士とは、聖教新聞紙上などで血脈相承を否定し、悪口雑言の限りを尽くしている創価学会副会長である八尋頼雄、福島啓充、松村光晃といった大物幹部たちである。彼らは正信会を相手にしたいくつもの訴訟で、右と同じ主張を展開し、日顕上人猊下の法主の地位は「確然たる事実」であると強調していた。
 また右にいう「七五〇万余所帯の信者」とは創価学会の全会員を含むことは言うまでもない。創価学会も組織をあげて、日顕上人猊下を血脈相承を受けられた御法主として、信伏随従を誓っていたのである。
 その創価学会が日顕上人猊下が登座されて二十年以上も経過した今になって、突然、自語相違の所業を始めた。正信会の僧侶が御相承の誹謗を始めたのは約一年半後である。創価学会の場合は二十年以上も経ってから、御相承に難癖をつけ始めた。しかも、ほんの少し前までは、正信会に対抗して、日顕上人猊下が血脈を相承されたことは明白であると主張していた。正信会のことを、「法主の方針に不満を持つ者が反抗の手段として法主の地位を否定するに至ったにすぎない」と非難していた。ところが、その創価学会がここに至って、日顕上人猊下の御相承を誹謗し始めた。正信会の一年半どころか、二十年以上も経過してからの誹謗である。創価学会が日顕上人猊下を貶め自らの野望を達成するための「手段として法主の地位を否定する」ものであることは、正信会の場合よりも一層明らかである。しかも、それまで言っていたことの舌の根も乾かぬうちに自語相違の言動をなしている点では、正信会よりもはるかに悪質である。¥()


驚くばかりの二枚舌  池田大作


 しかし、もっと重大なことがある。そもそも創価学会に君臨する池田大作自身が、御法主日顕上人猊下の御相承に関して、どのように述べていたかである。池田大作は繰り返し次のように述べていた。
「宗祖日蓮大聖人より第二祖日興上人、第三祖日目上人と代々の御法主上人猊下が法水瀉瓶・血脈相承され、現在は、第六十七世日顕上人猊下に、いっさい受け継がれているのである」(『広布と人生を語る』第一巻一三一・)
「第六十七世御法主日顕上人猊下に、この絶対なる血脈は、厳然と承継されているのである。だれ人がいかなる非難をいたそうが、これは侵しがたき、明確なる事実なのである」(『広布と人生を語る』第二巻一二三・)
「その大聖人の仏法は、第二祖日興上人、第三祖日目上人、第四世日道上人、および御歴代辮l、そして現在は第六十七世御法主であられる日顕上人猊下まで、法灯連綿と血脈相承されている」(『広布と人生を語る』第三巻二四九・)
「法灯連綿と七百三十年のあいだ、厳護されてきた法水は、御当代御法主日顕上人猊下に受け継がれておられる。御法主上人の御説法を拝しながら正しく信行に邁進しゆくことが大切なのである」(『広布と人生を語る』第三巻二九七・)
 この他にも、池田大作は御当代日顕上人猊下を敬い、その御指南を拝しつつ、信行に励むべきことを随所で強調している。これがかつての創価学会の言行であった。それが二十年以上も経過してから、突然、手のひらを返したように、日顕上人猊下の血脈相承に言いがかりをつけ始めた。こんなものは単なる言いがかりであり、まともな根拠などあるはずもない。もっぱら御法主日顕上人猊下を貶めるため、自らの前言に反することにもお構いなく、臆面もなく、「法主詐称」などと言っているにすぎない。



最高裁判断を 会員洗脳に悪用


 ところで創価学会は、昨年最高裁判決のあった大経寺、常説寺、及び妙道寺の判決を挙げて、あたかも日顕上人猊下の血脈相承が裁判所でも否定されたかのような宣伝を行っているが、これもまた人心を誑かす以外の何ものでもない。
 最高裁は、血脈相承に関して判断することは司法権の限界を超えるものであって許されないから、判断できないとの姿勢を取っているだけである。つまり血脈相承の有無を判断しようとすれば、血脈相承の宗教的意義を明らかにした上で、それがあったかなかったかを審理、判断しなければならないが、そのためには日蓮正宗の教義、信仰の内容に立ち入って審理、判断することが必要となる。しかし、裁判所にはそのような宗教的事項を審理、判断する権限はないから、血脈相承の有無については判断できないとしたのである。その結果、右三カ寺に関する訴訟は、裁判所の権限を超えるものとして、却下された。却下という意味は訴訟の受け付け自体を拒否したということである。中味の判断は一切していない。右三カ寺に限らず、これまでも同種の事件で、最高裁は同様の判断を示し、訴訟自体を受け付けていない。しかし、血脈相承そのものに関して裁判所の判断権がおよばないとしたことは正しいとしても、訴訟自体を受け付けないとの結論には批判が強い。前出の創価学会の有力弁護士らも、これまではこの結論を批判する大論陣を張っていた。
 いずれにせよ、右三カ寺の判決は、血脈相承に関しては、宗教上の教義、信仰に深く関わるものであるので、裁判所としては判断できません、と言ったにすぎない。決して御法主日顕上人猊下の血脈相承を否定したものではない。むしろ、最高裁は、裁判所が判断できないほどに甚深の宗教的意義を有する事柄であることを認めて、判断を回避したのである。血脈相承とは、それほどに奥深いものであり、世俗の裁判所が立ち入ることなどできない聖域なのである。



池田創価学会崩壊の兆し


 それでは、創価学会がどうして今回のような根拠のない誹謗を二十年以上も経ってから始めたのだろうか。それには池田大作の総講頭資格喪失以来の学会の宗門攻撃の経過を見る必要がある。
 創価学会は、池田大作の総講頭資格喪失、創価学会破門、池田の信徒除名と続く中で、聖教新聞、創価新報などを使って、宗門に対するありとあらゆる低次元の悪口雑言を繰り返し、あるいは末寺住職らに対する手紙や電話での嫌がらせ、暴力行為、器物損壊等の事件も頻発した。また大石寺や末寺に対して、濫訴というべき訴訟を百件以上も全国各地で提起したり、墓埋法(墓地、埋葬等に関する法律)の形式的違反を口実に多数の刑事告発をするなどの嫌がらせ行為を行った。
 特に平成四年にはクロウの話として「シアトル事件」なるものが御法主上人猊下および宗門攻撃の最大の目玉として持ち出されてきた。ところが、この件は平成十四年一月の東京高裁における和解成立により、創価学会は以後「シアトル事件」については一切報道してはならない義務を課せられた。同時に学会に都合のよかった東京地裁の一審判決も無効にされてしまった。他方、宗門は「シアトル事件」を否定することは差し支えないとされた。こうして宗門の圧倒的な勝利的和解において、創価学会は御法主日顕上人猊下を攻撃する主要な武器を奪われてしまった。
 正本堂解体に言いがかりをつけて全国各地で起こした御供養金返還訴訟も、創価学会側の連戦連敗で、中には既に最高裁で学会側の敗訴が確定したものもある。
 こうした状況を打開し、御法主上人猊下に対する攻撃を再開するために、窮余の一策として無理やり持ち出してきたのが、今回の血脈相承に対する言いがかりである。こうして見てくれば、彼らの言いがかりは、まさにためにするものでしかないことが明らかである。こんなもので、宗門が微動だにするものではない。
 創価学会が、正信会との訴訟以来、一貫して血脈相承を積極的に肯定してきた自らの言動に頬かむりしてまで、血脈相承に難癖をつけてきた背景には、そうでもしないと組織が維持できなくなっているお家の事情があるに違いない。それが何であるかなど、宗門の知ったことではないが、そもそも、宗門としては、破門になり、信徒資格もない者たちから、とやかく言われる筋合いはない。彼らも、宗門とはとっくの昔に決別して、せいせいしていると言っていたのではなかったか(平成九年十月九日付聖教新聞における森田発言)。他人の悪口を言わないと自分の存在を維持できないような連中のストーカー的つきまとい行為が、創価学会による血脈相承否定の妄言、悪行なのである。

 

Re: 日顕宗を倒す祈りの功徳について

 投稿者:管理人  投稿日:2014年 7月13日(日)20時50分30秒
返信・引用
  > No.4342[元記事へ]

りみさんへのお返事です。

> その祈りは誹謗呪詛になり自分に戻りませんか?同じ題目をあげる身でなんだか怖い

投稿を有難う御座いました。

ところで、質問します。

日顕宗とは、どのような宗派でしょうか?



 

Re: 日顕宗を倒す祈りの功徳について

 投稿者:りみ  投稿日:2014年 7月13日(日)19時27分14秒
返信・引用
  その祈りは誹謗呪詛になり自分に戻りませんか?同じ題目をあげる身でなんだか怖い  

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