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昔はさ、それこそしょっちゅうライブがあった。ツアーがあれば毎日のようにステージに立っていたりね。
でもいまはね、ホントに時々。
けれど、、
自分の日々の全部を傾けるにはこのくらいでいいのかも、とも思う。
自分をユトリロになぞらえる気持は全然ないけれど、あの厚ぼったい絵の具には彼の毎日の行ない、ひいては生活、人生に対する懺悔の気持がじんわり塗りこまれている、なんて聞いたことがありました。
毎晩酔っぱらって大荒れして、二日酔いの朝に塗り込まれた気持、、
ぼくはもうそんなことは滅多にないけれど、自分のいま過ごしている日々はまさにそんな感じなのかも知れない、と思う。そういうことって若い頃よりももっとリアルに感じる。
すみません。若しくはごめんなさい、と謝らなくてはならないことの一杯に満ちた日々。
生きてゆくってことは、こころに棲む大荒れの海を渡ってゆかねばならぬこと。
自分の海は自分で渡ってゆくしかない。
けれど、自分の人生を愛せよ。
裡なる声。
はい、そうします。いや、そうしたいです。
すきなひとがたくさんいて、嫌いなひとがすこしだけいる。いつもそう。
それが生活、と思う。日々、と思う。
そこに嘘は混ざる。無意識なんかではなくて自分でよくわかってる。ぼくは嘘つき。
嘘つきの自分発見。
「音」に嘘が混じることは、だけど、もうない。
http://bunga-putih.cocolog-nifty.com/sonicslow/
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