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みんなはどこでカラコン買ってる~???

 投稿者:みぽぽ  投稿日:2010年 4月 9日(金)10時33分27秒
返信・引用
  ウチはここでカラコン買ったよ∩・ω・∩
種類豊富だし、どれも可愛くて、なにより質がいい☆
もちろん度入りだってあったよ~
モデルさんたちも愛用してるし安心だった!!!
それに通常価格より安いし♪
http://cute-color.com/
※『カラコン Auge』で検索してみて~

http://cute-color.com/

 
 

Re: 自問

 投稿者:たみ  投稿日:2009年 1月17日(土)15時19分47秒
返信・引用
  > No.11[元記事へ]

たみさんへのお返事です。

> 自分の作品は、矮小なアマチュアリズムなのか。ゴミのような美術なのか。アカデミズムにマインドコントロールを受けているのか。国産似非現代美術なのか。思想表現なのか。技術が自己目的化された絵画にすぎないのか。魂の鍛錬はされているのか。理論と展望に裏打ちされているか。レジスタンスとしての力を持っているのか。

先生の授業がテーマなら、これへの答えが、グループ展の作品になるということか。
 

自問

 投稿者:たみ  投稿日:2009年 1月17日(土)13時36分12秒
返信・引用
  自分の作品は、矮小なアマチュアリズムなのか。ゴミのような美術なのか。アカデミズムにマインドコントロールを受けているのか。国産似非現代美術なのか。思想表現なのか。技術が自己目的化された絵画にすぎないのか。魂の鍛錬はされているのか。理論と展望に裏打ちされているか。レジスタンスとしての力を持っているのか。  

先日の授業で

 投稿者:たみ  投稿日:2009年 1月16日(金)13時35分4秒
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  下の書き込みに書いたように、前からいろいろグループ展のテーマについて考えてきたけれども、話し合いも少ないからまとまらなかったと思います。
みんなそれぞれ違うものを作りたいし、だからクラスの共通のテーマはやはり先生の授業だったのかな。
このクラスの中間発表展となるわけだから。

美学校のサイトから先生の文章を以下に引用します。

本講座は、絵画表現の現代的な可能性をともに探求し、現代美術を僭称する軽薄短小な商業美術に抗して、歴史意識を持つ主体を対象とする。矮小なアマチュアリズムを廃し、本講座では作家活動を持続する意思を育んでゆく。

20 世紀芸術は美術の歴史性と社会性を解体し、美術の霊性を喪失させて惨憺たる終焉を迎えた。9・11以後も時代に応えることもできない燃えないゴミ化した美術が産み出されてきたが、ギャンブル経済とマネーテロによって強欲資本主義の終焉が加速されアメリカ経済の破綻と金融資本の崩壊とともに 20 世紀の解体が始まった。これはアメリカ文化一元主義の終わりの始まりであり、失われた40年が幕を閉じて新たな現代芸術の変革期が訪れたのだ。

アメリカに追従しコロニアルアートとして商人に育成されてきた国産似非現代美術の終わりは近い。美術に寄生する走狗たちの周章した醜態を見よ。国家破綻を目前にした美術官僚の不能を笑え。アカデミズムを自称する下流化大学の無内容に戦慄せよ。

わたしたちが直面する絵画の危機は、実に深い。だが、まだあきらめるわけにいかない。再度、絵画の必然性を人類史の初源に遡り、絵画の科学としての深遠さを学習し、絵画の思想表現としての能力を回復させよう。人間存在としての目的を喪失して絵画技術を自己目的化したり、魂の力を鍛錬することなく芸術を妄想することは、もうやめにしよう。創造し、制作するものにとって、作品が秀逸であることをめざさねばならないが、同時にその作品が、しっかりとした理論と展望に裏打ちされていなければならないだろう。終末に近づいたこの国で、これはすでに、もうひとつのレジスタンス活動なのかもしれない。
 

ギャラリーめぐり

 投稿者:たみ  投稿日:2009年 1月15日(木)19時49分45秒
返信・引用
  25日の週末は名古屋に戻ってるのでわたしは行けません
できれば別の日程が希望ですが…
 

Re: ギャラリーについて

 投稿者:弾痕菊は  投稿日:2009年 1月15日(木)19時01分3秒
返信・引用
  > No.7[元記事へ]

ハルヤさんへのお返事です。

25日はいかがでしょう?

> とりあえずルデコが却下されたので、次の見積もりをあれしないといけないですが、皆藤さんが前言ってた、銀座のギャラリーを回ろうって企画、今月、少なくとも来月くらいにやらないですか?皆の予定合わせて。
 

ギャラリーについて

 投稿者:ハルヤ  投稿日:2009年 1月15日(木)18時24分54秒
返信・引用
  とりあえずルデコが却下されたので、次の見積もりをあれしないといけないですが、皆藤さんが前言ってた、銀座のギャラリーを回ろうって企画、今月、少なくとも来月くらいにやらないですか?皆の予定合わせて。  

みなさん

 投稿者:たみ  投稿日:2009年 1月15日(木)15時13分11秒
返信・引用
  グループ展に関すること何でもいいので投稿おねがいします。
みんなが集える時間があまりないので、ここで話しましょう。
 

火曜日の授業での先生から

 投稿者:たみ  投稿日:2009年 1月15日(木)14時53分36秒
返信・引用
  能書きよりも作品をつくってこい、と先生に言われました。(>_<)
がんばります。
 

1/13授業に持って行ったグループ展についてのノート2(自分のプラン)

 投稿者:たみ  投稿日:2009年 1月15日(木)13時49分50秒
返信・引用
  ★グループ展について(柳川)

■絵のテーマ
内部視覚
中沢新一の著作にあった概念。(『神の発明』)
「人類はまず自分の内側に発生する光のパターンを「見て」絵を描き始めたのだ」
目をつぶったときに眼前に出現する光のパターン。
世界中の人々が共通して同じパターンを見ているという。
ある部族がハッシシ吸引時にみる光のパターンと、同じ現象を電気的な刺激で起こす場合のパターンが共通している。
部族は、この光のパターンを、スピリット(精霊)とのコンタクト実現の徴と見る、また、電気的な刺激の方は、ニューロンの発火減少や視神経の興奮の結果ととらえる。

これら二つに共通していることは、この現象が、心の内部が外部に触れる場所で起こるということである。
→内部から外部への「超越」


■その他(千葉しげおの著作から)
○美術における個人(創造者)と共同性とはなにか
個人の表現は、共同性に規定されているのか否か
○日本の近代の美術が、西欧的な意味での「絵画・彫刻」を導入されたのにすぎず、その中で、固有の美術を生み出さざるを得ないという位置にいることの自覚
○近代美術が模索してきた「表現」とは、「絵画・彫刻」ではなく、それを逸脱しまた超えるひろがりをもった「美術」そのものである。
これを「類としての美術」と呼ぶ。
近代日本においては美術表現の固有の文脈の根底にまで到達するためには「美術」の外までまず出てみる以外になかった。そこまで徹底しないかぎり、欧化主義か伝統主義かに足をすくわれざるを得ないという宿命を、わたしたちは負わされている。この手を明確に認識してこそ、「美共闘」の、またその時代の、最大の意味だった。
○「絵画・彫刻」を逸脱するものは、「絵画・彫刻」と同列に並びえない。枠の外側で、かつ、枠の引力の圏内、それが現代日本の美術の場である。そこへ向かって繰返して逸脱していくものが、現代日本の美術なのである。
 

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