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シカゴ-セントポール間

 投稿者:特急あかつき  投稿日:2005年 5月 7日(土)23時39分50秒
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  キャセイ様
知っていたわけではないのですが、表紙に使った絵は1939年の7月の時刻表から転載しました。「ツインシティーズ400」が新型流線型客車になる直前のものです。1939年9月24日がDL&流線型客車の初運転で、ちょうど、グリーンの流線型ハドソンが「ツインシティーズ400」を引いているときの絵だと思います。その奥には重量級時代の客車を引いていたSLに400のヘッドマークが付いています。グリーンの流線型ハドソンは1939年の「ツインシティーズ400」がDLに置き換わったあと、UP-SP連絡の大陸横断列車に移ったようです。
ところで、「400」とは、シカゴ-セントポール・ミネアポリス(ツインシティーズ)間が400マイルであったこと、そこを400分で走っていたことから名づけられたシカゴノースウェスタン鉄道の看板列車でした。この区間は、ミルウォーキー鉄道(Chicago, Milwaukee, St.Paul & Pacific)とバーリントン鉄道(Chicago, Burlington & Quincy)鉄道との3社競合区間で、流線型を投入しての激戦区間でした。バーリントン鉄道は、ショベルノーズの流線型ディーゼル特急「ツイン・ゼファー」を1934年11月11日に投入、ミルウォーキー鉄道では1935年5月29日、ビーバー・テイル展望車を従えた流線型編成のハイアワサが運転を開始。最後に近代化された「400」の参入によって競合レースは加熱していったというわけです。そんな話も、現地で見つけた現存車輌の写真も交えてページに加えたいと思っています。

http://www5f.biglobe.ne.jp/~travel-100years/index.html

 
 
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