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マユ35さん ありがとうございます。
平壌市街部では線路付け替えが行われており、おそらくは、終戦近い京義線複線化の時と思われますが、それまでの京義線は平壌駅を出て、1.3kmくらいで、右に大きく曲がり、普通江に沿って半円を描くように敷設されていました。そして市街部中心の、現在の万寿橋のあたりに「西平壌駅」はありました。新線は平壌駅から北に直線的に作られ、在来線との合流点に「平壌操車場」ができました。それが、現在の「西平壌駅」になったもので、昔の駅とは別のものです。
そうは言っても、自由に行動ができるわけではないのでしょうから、そんなマニアックなものを見つけるのは不可能なんでしょうね?
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