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揚子江航路

 投稿者:キャセイ  投稿日:2005年 4月11日(月)15時42分45秒
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  清末~中華民国期、揚子江には外国の商船会社が汽船をはしらせています。
http://www.talesofoldchina.com/journal/193710/t-371014.htm
有名なのはアヘン戦争をおこした、とされる「ジャーディン・アンド・マセソン」、
筑豊炭を上海に運び、かつ「からゆきさん」を密航させていた、といわれる
「バターフィールド・アンド・スワイヤー」、そして日本郵船系の「日清汽船」など。
上海~南京(下関)~漢口~宣昌~重慶。
しかしこのいったいは清末から、37年(日中戦争勃発)くらいまで軍閥の跳梁跋扈、
中国人民衆の武装蜂起などで、列強の租界と居留民はたびたび危険にさらされます。
そのため、各国列強は「河用砲艦」を揚子江に派遣しました。
(大英帝國海軍は香港と、広東警備のため、「珠江」にも砲艦を派遣。
ポルトガルもマカオ警備のため砲艦を。これら英ポの砲艦は太平洋戦争勃発で、英艦は、
日本に鹵獲、ポルトガル艦は日本に売却されます)
日米英仏伊の艦が揚子江には太平洋戦争勃発までいました。第一次大戦前には、
ドイツも漢口に租界を有していたため、青島のドイツ東洋艦隊(有名な「エムデン」が所属)
にも3隻の「河用砲艦」が所属しています。
これらは映画「砲艦サンパブロ」の世界。英語で「ヤンツー・パトロール」とよばれました。
昭和12年の日中戦争により、米艦「パネー」が日本海軍機に誤爆・撃沈される「パネー事件」、
さらに中華民国海軍砲艦「中山」(孫文のこと)が重慶(開戦まで日本租界)付近で日本軍に撃沈。
昭和16年12月8日には上海で英国東洋艦隊の「ペトレル」と米国太平洋艦隊「ウェーキ」の
2隻(どちらも主力艦隊の上海脱出後、留守番で残っていた)と帝國海軍砲艦「勢田」、
駆逐艦「漣」、巡洋艦「出雲」が戦闘になり、「ペトレル」はあくまで「抗戦」し「撃沈」、
「ウェーキ」は降伏して、日本海軍「多々良」に。なお、開戦後、米海軍砲艦「ツツイラ」は
重慶に避難。ここで米国大使館とOSS(戦略情報局。CIAの前身)としてアメリカと中華民国の
中継基地として活躍しています。
http://www.navsource.org/archives/12/12idx.htm
(米国砲艦。「パネー」「ツツイラ」など)
 
 
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