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米国大陸横断鉄道

 投稿者:キャセイ  投稿日:2005年 4月18日(月)19時17分10秒
  通報 編集済
  1860年代から1960年代までアメリカは鉄道に依存してきました。
「アメリカが鉄道を造り、鉄道はアメリカを造った」といわれるほどに。
http://www.northeast.railfan.net/home.html
http://mikes.railhistory.railfan.net/home.html
どちらもすばらしいですが、とくに「RailHistory」には世界各国の鉄道の
1940年代以前の写真が収蔵されています。満鉄がすくないのはきついのですが、
それでも中国のものが清末から中華民国期のものがのっています。
また有名なフロリダからさき、のキーウェストの崩壊した鉄道橋の現役の時代も。
終着点でキューバのハヴァナに向かう船に接続。つまりパンナムの強力なライバル。
日本のものには、日本でも写真の少ない「活魚車」が。(貨車に詳しい方に聞いたところ
「絵はがき」から転載したのだろう、とのこと)
米国のにはノーザン「エンパイア・ビルダー」、サンタフェ「スーパー・チーフ」、
UP「M10000」、などなど。「ノース・イースト」にはエンパイヤ・ビルダーや「20世紀特急」
牽引時の流線型蒸気機関車の写真も。また有名なB&O、ボルティモア・アンド・オハイオの
「E3」ディーゼル牽引列車なども。
http://calzephyr.railfan.net/ 史上名高い名列車「CaliforniaZephyr」。
「ゼファレット」と呼ばれる日本の「つばめ・はとガール」の様な添乗員をのせて
サンフランシスコ-シカゴをWP・D&RG・CB&Q・PULLMANの運営で走った名列車。
あまりの人気にNゲージの雄、「KATO」米国法人「KATO・USA」が11輌フルを模型化。
http://www.katousa.com/n-scale/CZ.html
http://www.katousa.com/n-scale/F3-CZ.html (同時に発売されたCB&QのF3)
荷物車(バゲィジ)のうしろから、いきなりドーム・カーが4輌連なり最後尾のオブザベィションを含めると5輌の「ドーム・カー」。共同運営ですが「北斗星」のように一編成が1社所属でなく、一編成に
CB&Q、D&RG、WP、PUllMANの所有車輌がまじり、車輌乗降デッキ付近にその車輌の所有会社がマーキングされていました。
(ラストの「デンヴァー・アンド・リオグランデ・ゼファー」時代はD&RG色車輌が連結され、
「ドーム・カー」が1輌増車されて、6輌になり、寝台車などが減車、栄光の
「CalifolniaZephyr」のプレートと、「バックサイン」がなくなりました。なお、大陸横断特急にはSantafe「SuperChife」のように「エクスプレス・リーファー」という「高速冷蔵車」も連結されたものもありました。)
http://www.geocities.com/goodguy1050/glennmiller.htm
わたしがジャズ狂いになったきっかけのグレン・ミラー。このなかにある、
「Chattanoga choo choo」は1928年初の「ゴールド・ディスク」をミラーにもたらします。
直訳で「チャタヌーガ行きの汽車ぽっぽっ」。汽車ぽっぽっの「choo choo」は幼児語です。
(アメリカの作家ヴァージニア・リーヴァートンの「いたずら機関車ちゅうちゅう」が有名。
これにはUPのM10000が登場します。副音館書店より。
またアクロバット演技で有名だった「ニコラス・ブラザーズ」(ハロルドとフェイアード。
あのキャブ・キャロウェイと同時期)も
この「チャタヌーガ・チュー・チュー」をおどってヒットしました)
デューク・エリントンもニューヨーク地下鉄「A番線」(ハーレム行き)を題材にした
「Take The A Train」が有名(作曲はエリントン楽団のビリィ・ストレイホーン)。
(「デューク」は侯爵。ちなみにカウント・ベイシーの「カウント」は伯爵)
チャタヌーガはテネシー州州都で、古くから鉄道の要衛でもありました。
南北戦争中北軍はこのチャタヌーガとアトランタを襲っています。
よく列車のヘッドマーク、テールマークといいますが、両方ついているのは日本だけだそうで。
アメリカはこのテールこと「バックサイン」が大好きでした。戦後の進駐軍専用列車
「ヤンキー・リミテッド」「ディキシー・リミテッド」「アライド・リミテッド」、
そして第8軍司令官専用「オクタゴニアン」にはちゃーんと「バックサイン」が用意されました。
(本来はただの絵だけでなく「ネオンサイン」になっていて光る)
(「オクタゴニアン」のものは大宮の交通博物館に「保存」されています。
接収時つけていた「10号」(展望)御料車とともに)
一方ヘッドマークを好むのは大英帝国で「ゴールデン・アロー」「フライング・スコッツマン」
(ナチスドイツ空軍(ルフトヴァッフェ)のドルニエDo17やユンカースJu87「シュツーカ」、
メッサーシュミットBf109が襲ってきても定時発車を頑固に守った)「チェルトナム・フライヤー」
「デヴォン・ヴェル」「ロイヤル・メイル」などに用いられています。
「レッド・ライン」というのがありますが、これは大英帝国の乗り物と、大英帝国の領土経由
(一部大日本帝国の横浜・神戸・長崎を使用)だけで世界一周できる、というものでした。
http://www.semg.org.uk/coach/pull_1.html
大英帝国のPULLMAN編成「デヴォン・ベル」(南の美人)が米国に行った事があったようです。
(しかし、ノーザンの「ノースコースト・エクスプレス」に「浴室」や「ソーダ・ファウンテン」
があった、とは・・・。アメリカでは「ドラッグ・ストア」の奥にこういったソフトドリンク・バー「ソーダ・ファウンテン」があり(日本ではモロゾフが起源で資生堂と不二家が戦前にはじめた)、
はじめは「ドクター・ペッパー」、「コカ・コーラ」、「カナダドライ・ペール・ジンジャーエール」(米国ではすべて別会社)を売っていました。そののち、「セブン・アップ」、「マウンテン・デュー」、「ペプシ」。(1903年まで、コカコーラは「コカ」葉成分(コカイン含む)を使用していて、連邦政府から発禁をくらい、「コカ」葉成分はぬき、いまだ極秘レシピで名高い香料「7x」を使用した原液「フォーミュラ」が造られました。(一度だけ「カンザス計画」で変更されました。)「スカッ」とするのは「コカイン」でなく大量の糖分。
(なお「ファンタ」は39年の第二次大戦で「フォーミュラ」の原液を購入できなくなった
ナチスドイツ生まれです。ヒトラーが飲んだかはわかりませんが)
http://calzephyr.railfan.net/cars/menu-pullman-01b.jpg
1953年3月2日の「CaliforniaZephyr」の最後尾展望車にボーイが持ってきてくれる
「PullmanService」(多分Pullman寝台車客室にも)のリーフレットですが、ワイン赤白、
ビール、ウィスキー(バーヴォン・スコッチ・アイリッシュ)、カクテル、ソフトドリンク、
葉巻・たばこetc・・・。さらに右上には「アスピリン・小箱」とあります。
言うまでもなくアメリカ人の大好きな「頭痛薬」。ドイツ・バイエル製薬が開発したのですが、
第一次大戦賠償として、製造・販売権が米国にわたってしまいました。
(下に注意書きがあって、「「アスピリン」を合衆国(States)国外で売買(或いは持ち出す?)
することは連邦法で禁じられております」のような記述が。)
RegulationS=米証券取引委員会命令S-X項。
 
 
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